『ゆめこ縮緬(角川文庫)』:皆川博子
皆川博子の物語に出てくる台詞は、いつも耳に心地よく、見ていて美しい。
活字が水面に浮かぶ落ち葉のように鉤括弧の外に揺れ動き、耳元でたしかに今、女の秘めやかな声が聞こえたような気がしてしまう。
『ゆめこ縮緬』は2001年に刊行され、既に絶版してしまった幻の短編集の復刻版である。
これがまた幻想小説好きにはたまらない一品だった。
うっとりと心地よい幻想のなかに、誰ともわからない死体が一人、倒れているような、そんな異様さが潜んでいる。
怖いもの見たさに、試しに一行だけのつもりで本を開けば、たちまち紙から白い腕が伸びてきて、皆川博子の妖しい世界に引き込まれてしまう。
文章は生温かいようでいて、突然ヒヤリと冷たくなる。
それは「本を読んでいる自分」から魂だけを抜き取られ、自分に肉体があった頃のことを、うっかり忘れてしまうほどの体験だった。
ああ、こんな才能がこの時代にまだ生きていることが奇跡だと思う。
現実の世界での出来事を忘れて本の世界に没頭することはよくあることだが、時々こうして、生命体でなくなるほど狂気的な作品に出逢ってしまう。
その類い希な感覚に不快感を感じて本を閉じてしまっては、「ゆめこ縮緬」の物語が、線香花火の終わりのように幕を下ろしたことには気付けない。
この本のもつ魔力は本物だ。
@ながれ