『最高の任務』(講談社):乗代雄介
読むたびに私は、乗代雄介の甘い情景描写に舌鼓を打ってしまう。
一本の木が生えているだけの寒々しい空間の中でさえ、きっと彼の双眼は、葉の虫食い穴や、割れ目の間で咲いている一輪の小さな花の存在以上の、鮮やかな景色をみつめている。
私は鈍行列車の車窓から流れる風景のように、彼の眼から文章となって映し出された紙上の世界を眺めているのだ。
『最高の任務』には、二作の中編小説が収録されている。
そのうちの一作である「生き方の問題」は、二歳年上の従姉に対して、「僕」が秘め続けた想いを長い手紙に綴っていく、一見単調な切り口の恋愛小説だ。
しかし、動物的センシュアルな気配は幕開けから洗濯槽の洪水の中に漂流していて、その中からひたひたになって出てきた活字型のメロディーは、洗濯鋏に挟まれて風がそよぐごとに甘美な音をたてていた。
いやいやそんなわけ、と思っているうちに、いつの間にか氾濫している官能小説の洪水に肩まで浸かっていたわけだ。
こんな体験は初めてだった。
不快さはなく、むしろ受け入れてしまえば心地よい。
酸素を含んだ身体で仰向けになり、ぷかぷかと水の流れに身を任せているような、極めて高い描写力によって私は安心感に包まれていた。
一方表題作の『最高の任務』は、大学の卒業式を前にした「私」が、小学生の頃から続けていた日記帳を紐解いていく、心温まる物語である。
卒業式の日、家族から秘密だらけの卒業旅行に連れ出されることになった「私」は、その手掛かりを探るために開いた日記帳の中で、大好きだった亡き祖母との思い出を振り返っていく。
果たして秘密の家族旅行はどこへ終着するのだろうというワクワクと、祖母離れできない「私」の切ない想い、そして、ふいに挟まれる肉感的描写への動揺が、交互に私の手を握る。
彼女たちが向かった旅の終着点へ、私も行ってみたいと思った。
そんな二作を並べると、「書く」という行為には何か特別な力があるのだと信じたくなってしまう。
「手紙」と「日記」、どちらの「書く」にも、すっかり心が洗われた気分だった。
読んだらきっと好きになる。乗代雄介という男は、言葉の奇術師みたいな人だ。
@ながれ