『御社のチャラ男』(講談社):絲山秋子
チャラ男というと、軽いノリであちこちに手をだす猿のような男のことをいうのだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
彼らはなんだって実力の賜だと勘違いしてはうぬぼれ、スマートでないことを嫌う。
初めのうちは尊敬の眼差しを向けてもらえるのに、自分の長所や功績を意気揚々と語ってやりすぎる。
ところが自分の方から先に、誰かを嫌うことは決してない。
『御社のチャラ男』はそんなどこか憎みきれない愛すべきチャラ男を代表して、「三芳部長」という軟派男を多面的に分析することのできる、極めてユニークな本である。
皆が我慢している一言を、事もなげに言ってしまえる人はチャラ男属性の素質があるようだ。人々は憧れ、嫉妬し、バカだと笑う。
そういえば私も、過去に何人かのチャラ男に遭遇している。
不思議なことにチャラ男たちは、必須アイテムのように「複数人の友人(あえて言おう友人と)と写った若い頃の自分の写真」を、常に持ち歩いていた。
当人は見慣れているであろうそれを見せたいからわざわざ持ってきたくせに、「たまたまみつけちゃって懐かしくって」という演技は絶対に欠かさない。
チャラ男のひとりが入社してきた日、社内のポスターを貼り替えていた私に、ちょっと上から目線でからかうように「高い高いしようか?」と言ってきて、会って二秒で嫌いになった覚えがある。
そのことを誰かに言ったわけでもないのに、彼は一週間もしないうちに全社員の「共通の敵」となっていた。
二年未満で何社も転職してきたという彼は、どこに行っても居心地の悪さを感じていたのかもしれない。そうしてまた、「次こそはうまくいく」という夢を抱いてどこかへ飛んでいってしまう。
人のことは大好きなのに、どうしても嫌われてしまう蚊みたいな人だった。
しかし彼は、人を疑うことを知らない。
『御社のチャラ男』の三芳部長もまた、最後まで妻の嘘を信じて疑うことはなかった。
チャラ男たちはみな心根は優しく、寂しがり屋で、一途なのだ。
そうは分かっても、彼の異常に気付いてしまった社員たちの証言がおかしくて、節々で笑ってしまう。
例えばこんなものがある。
私は忙しくて熱くてすごくごちゃごちゃした世界に住んでいるのに、かれは平和で涼しくて静かな場所で過ごしているようなものでした。きれいな水槽に住んでいる熱帯魚みたいに快適そうでした。
この他にも、「会社も地獄、家でも地獄」の平社員の見解は、多くの人が共感できるものではないだろうか。
ここにも地獄がある。地獄というものは回避しても回避しても、出現するものだ。一丁目を過ぎたと思ったら二丁目があり、三丁目を避けたつもりが四丁目に入ってしまうような場所のことだ。会社の地獄から逃れて、夏の熱地獄からも通勤地獄からも解放されて迷い込んだここは地獄の六丁目。
そんなチャラ男こと三芳部長も、なかなか胸を突くようなことを言う。
まるで、自分の末路を予感しているかのような切ない一言が、誰かに肩を叩かれたような悪寒を残して消えていった。
「運命は必ずそのひとの弱点を暴きにくる」
@ながれ