『白い果実』(国書刊行会):ジェフリー・フォード
ジェフリー・フォードの『白い果実』は、悪に満ちた独裁者の世界から始まる。
世界幻想文学大賞にふさわしいこの驚異的な小説を、日本幻想文学の巨匠である山尾悠子が訳しているのだから、読まないという選択肢はなかった。
原作の世界観を崩すことなく訳すことができるのは、彼女以外にいなかっただろう。
東の帝国には、独裁者ビロウが自らの内面を具現化して創り上げた「理想形態市」がある。
そこから辺境の町アナマソビアの教会で、大切に保管されていた「白い果実」が盗まれるという重犯罪が発生し、観相学者クレイが犯人捜しのために派遣された。
鉱山で発見されたという白い果実は夢のように甘く、食べると不死身になれるという噂がある。
ビロウの右腕でもあるクレイは冷酷無比な男で、この帝国の法律そのものともいえる観相学を振りかざし、人々を物のように観測していく。彼にとって、自分以外の人間のほとんどは醜い蛙でしかなかった。
私にとって鼻は叙事詩、唇は芝居、耳は巻を重ねて人類の転落を書き綴った史書に等しく、また双の眼に至ってはあるじの人生そのものだ。(クレイ)
無意識にも過ちを繰り返してきたクレイがある日、とうとう取り返しのつかない恐ろしい罪を犯してしまう。
南国ドラリス島の硫黄採掘場へ流刑となり、少しずつ変わっていく姿をみてもなお、読者はクレイを許しきれないかもしれない。
けれど、気付けばクレイを応援している自分に驚くだろう。
人狼、不死身の果実、悪魔、改造人間、バーテンダーの猿、石化した人間……『白い果実』に含まれたこれだけの材料を並べただけでも、幻想文学好きにはたまらない詰め合わせである。
それからこの物語が、三部作のうちの一作に過ぎないということも忘れてはならない。
続きがある、と思うだけでも、なんだか胸がはずんでしまうではないか。
@ながれ