『完全版 下山事件 最後の証言』(祥伝社文庫):柴田 哲孝
成らず者には二種類の人間がいる。
苦境を逃れようと、生きるために足掻いた結末として犯罪者となった者と、
金や権力、人望の全てをもっているにも関わらず、強欲のために自ら悪に染まる者だ。
どちらがより悪党かなんて、考えたことがあるだろうか?
【最後】というのは、重要参考人と考えられる当時の事件関係者たちがこの取材を最後に生涯を終えているからだが、「下山事件」を題材にした数々の推理本のなかでも、柴田哲考の見解は最も真実に迫ることのできた無二の一冊となった。
と言うのも、元々単行本として出版された本書をきっかけに、ある者は告発され、 ある者は記憶を呼び覚まされ、 またある者は閉ざし続けてきた心を開くことを決意したのである。
そんな「最後の証言者たち」の言葉を改めて収録して文庫化し、【完全版】の烙印を押されて遂に完成したのがこの『完全版 下山事件 最後の証言』だ。
しかも、著者は自分の祖父が実行犯グループのひとりではないかという根拠の元で調査を始めている。
「事実は小説より奇なり」の一節を書いたバイロン本人ですら、これほど奇怪なベールに包まれた事件に直面したことはないだろう。
どんなミステリー小説よりも緻密な謀略に仕組まれた「下山事件」の関係者は、なんと数十人、いやそれどころか、無意識な関係者も含めれば数百人にものぼる。
信じられないことに、そんな事件が現実にあったのだ。
とはいえ、「吉展ちゃん誘拐事件」よりも古い「下山事件」の存在は、現代では既に祖父母世代でさえ知る人は少ない。
ここで少し、どんな事件だったかを説明しておこう。
初代国鉄総裁に就任した下山定則は、ある日出勤のために家を出ると、自分の会社である丸の内の国鉄本庁へは向かわず、大事な会議があるにも関わらず不可解な道順で運転手に車を走らせた後、なぜか日本橋の三越本店に行くよう命じた。車を降りて店内に入っていった下山総裁は、その日運転手を待たせたまま消息を絶つ。
以来、下山総裁の死は自殺か他殺か、未だ解明されていない。
すべては凍る満州の大地から始まった。地の底から洩れるように、男たちの慟哭が聞こえてくる。
少なくとも、成らず者の前者が「吉展ちゃん誘拐事件」の犯人と言えるならば、
後者は今回の「下山事件」の主犯格だろう。
私には怖くてもう、再読はできない。
@ながれ