『八朔の雪―みをつくし料理帖』(ハルキ文庫):高田郁
こんなに優しい小説を読むのは久しぶりだった。 主人公 澪のつくった酒糀汁が喉を通って心を満たし、身体がじんわりと温まっていく。
「みおつくしシリーズ」は実は番外編を除いて全10巻の長編小説で、高田郁は私の尊敬する漫画原作者でもある。
第一巻となるこの『八朔の雪』だけでも一冊の本として十二分に楽しめるため、長編小説に抵抗がある人でも気軽に挑戦できる証拠に、巻数表示はなく、タイトルも全て違う。時代小説はちょっと、という人には漫画で読むのもオススメだ。
さらには2020年秋には映画化もされるそうだから、みおつくしシリーズの魅力は折り紙付きである。
漫画でも映画でも、料理をたまらなく美味しそうに表現できている作品は、必ず注目を浴びるものだ。例えばジブリ(ラピュタの目玉焼きトーストや千と千尋に出てくる謎肉)、比較的最近のもので言えば「グリーンブック」の二つ折りビックピザ、最近アニメ化された「空挺ドラゴンズ」の龍肉料理なんかもたまらない。
視覚的ハンデのある小説で、如何に読者の喉をならすことができるのだろうかと手に取ったのが、『八朔の雪』だった。
はて、八朔の雪とはなんだろう?
これは作中にもあるが、八(八月)朔(ついたち)に吉原の遊女たちが白無垢を着ている情景のことを言うのだそうだ。
残暑厳しい季節に雪を思わせる姿、それが、心太(ところてん)の上にさらさらと振りかけた唐三盆の砂糖に似ていた。
京では心太に砂糖をかけて食べるらしい、ということを知らなかった私は、まるで雪の結晶のように輝く心太を想像してごくんと唾を飲み込んだ。
普段荒っぽいものばかり読んでいると、時々出逢う登場人物たちの優しすぎるぬくもりが、合わせ出汁のようにすっかり心に染み入ってしまう。私はさながら煮汁に浮いたはんぺんだ。
これはいい、すごく面白い。と、通勤中に読み切って、会社に着くと同時にまっさきに同僚に薦めてしまった。
作中には、澪がつくった秘伝の合わせ出汁の引き方も紹介されている。
半日ほど水に浸けておいた昆布をその水ごと火にかけて、沸騰する前に昆布を引き上げる。そこへ削り立ての鰹節を入れ、ゆっくりと十かぞえて火から離す。削り節が沈んだら布巾で濾す。
その他にも、美味しそうな料理の全てが最後にレシピになって添付されているのがなんとも嬉しい。
料理は、料理人の器量次第。
私たちが本から学ばなければならないことは、まだまだたくさんある。
@ながれ