『散り椿』(角川文庫):葉室麟
椿は普通、首が落ちる様を思わせるとして武家に嫌われる花である。
散り椿は、花ごとぽとりと落ちるのではなく、花弁が一片(ひとひら)ずつ散っていく。
秀吉が寄進した五色八重散椿(ごしきやえつばき)の植えられた地蔵院の境内を舞台に、男と女の想いが咲き、次に咲く椿を想って散っていった。
葉室麟が織りなす、優しい嘘と、哀しい思い込みの物語『散り椿』は、過去に岡田准一主演で映画化もされている。
かつて一刀流平山道場の四天王のひとりと謳われた瓜生新兵衛(うりゅうしんべえ)は、上役の不正を訴えて藩を放逐され、病弱の妻と共に暮らしていた。
妻の篠(しの)は亡くなる少し前、新兵衛に最期の願いを託す。その願いとは、新兵衛の旧友でもあり篠にとってはかつて恋心を抱いていた、榊原采女(さかきばらうねめ)を助け、その庭に咲く散り椿を自分の代わりに見てほしいというものであった。
当然新兵衛は嫉妬したが、大切な篠の願いを叶えるために、自らの気持ちを押し殺して帰藩する。
新兵衛が再び姿を現したことで18年前の秘密が露見してしまうことを恐れ、藩が動きだす。
自分が犯人だとわかっていながら、嘘を突き通すしかできない者と、誤解される者。もしや自分が犯人ではないかと恐れる者、罪をかぶって自害する者。彼らには、友情があったからこその過ちがあった。
そして、ついに約束の椿が散る。
四天王のなかでも采女と新兵衛は龍虎と呼ばれるほど、剣の腕では頭抜けていた。
果たして、篠を想うふたりの男の結末は如何なるものか。
ひとの想いは、たとえこの世を去ろうとも、大切なひとの心のなかにはいつまでも咲き続けることができる。
葉室麟の描く人物は、いつも心が美しい。
@ながれ