『ジェイン・エア(岩波文庫)』:シャーロット・ブロンテ
シャーロット・ブロンテの「ジェイン・エア」は、世界文学で最も有名な作品のひとつとして、何度も舞台化や映画化されてきた。
「ジェーン・エア」とも呼ばれる映画のひとつを私は見たことがあるが、当時は印象にも残らなかったのが事実だ。
だから原作小説を読んで、これほどジェイン・エアという名の少女に心惹かれるとは思いもしなかった。
映画や舞台をみる前に、まず原作を読んでみてほしい。
「ジェイン・エア」はよくあるシンデレラストーリーではあるが、他のロマンス小説とひと味もふた味も違うのは、何よりも主人公ジェインの魅力と宗教との関係性にある。
美人でもなければ愛嬌もない彼女だが、善良で聡明で嘘がなく、自尊心が強い。
孤児のため身分の低い彼女は辛い子ども時代を送るが、やがて実力でのし上がり、使用人よりも身分の高い家庭教師として、貴族の邸宅に雇われる。
その屋敷の主、ロチェスターは気難しく、気性の荒い男だが、そんな自分に物怖じもせず堂々としていて、裏表なく穢れのないジェインの優しさに惚れてしまう。
か弱い体で男性的精神力を持つジェインだが、彼女もまた、初めて芽生えたロチェスターへの恋心に戸惑っていた。
身分の違うロチェスターに対して「私とあなたは平等よ」と言い放ち、とうとうふたりは結ばれた!かと思いきや、そこでロチェスターの秘密が明らかになる。
善良なジェインは神に背く行動はできず、愛するロチェスターと永遠の別れを誓って屋敷を飛び出していく。
過去のページはすばらしく甘美であまりにも悲痛で、その一行でも読めばわたしの勇気はくじけ、力が尽きてしまっただろう。未来のページは恐ろしい空白で、大洪水のあとの世界のようだった。
この時のジェインの、古武士のように自らを律する行動は、私には到底できないことだろう。
彼女に憧れ、心服せずには読めなかった。
また、子ども時代にローウッドという寄宿学校で出逢った唯一無二の親友、ヘレン・バーンズという少女にも、目を見張る魅力がある。
女性教師から針小棒大の指摘で体罰を受けたヘレン・バーンズは、彼女の代わりに怒るジェインを前に、こう言ったのだ。
「どうしても避けられないことなら、それに耐えるのが義務でしょう。
運命によって耐えるように定められていることを、 我慢できないなんて言うのは、愚かで弱いことよ」
ヘレン・バーンズという少女に目眩がした。
もしも私が彼女の立場だったら、どうして自分だけこんなひどい目にあうんだろうと声をあげて泣いただろうし、そんな大人をいつか見返してやろうとも思っただろう。
病気がローウッドの住人となり、死はそこへ足繁くやって来る訪問者になったこの時期
ヘレンが肺の病で死を迎える前夜のこと。
ジェインがヘレンに問いかける。
「どこへ行くの、ヘレン? おうちに帰るの?」
「ええ終の住みかへ。最後の家へね。 わたしの、そしてあなたの、造り主。ご自分の造られたものを滅ぼしたりなさるはずはないわ。そのお力をひたすら信じ、慈しみをただただ信頼しているの。神さまのもとに帰り、お姿を見せていただく、その大事なときが来るのを、指折り数えて待っているわ」
この儚い流星のような少女には、自分に降りかかる暴力や非難の声は愚か、苦しい病の末の死でさえ怖くはないのか。
彼女の精神力には畏怖すら感じる。
その他の登場人物たちも個性派揃いであり、実在の人物だとしか思えないような美しい人物描写で、一人一人の仕草までもがありありと想像できた。
もしも私もヘレンと同じ全能の父の元へいくことが許されるなら、その時は「ジェイン・エア」とともに焼かれたい。
数ある大好きな本の中で、どの一冊よりもそう思える特別な本だ。
@ながれ