『辺境図書館』『彗星図書館』(講談社):皆川博子
「本が好き。だけど、自分がどんな物語を、取りわけ愛おしく思えるのか分からない」
そんな人は案外多いのではないでしょうか。
私自身、2年前まで自分は特にミステリーが好きなのだと思い込んでいました。
名の知れたミステリー小説ばかりを読み漁り、好きな作家の本を買い揃えては満足していた頃です。
ノンフィクションなんて読もうともしなかった私が、ある時全く興味のない本を知人に薦められた事をきっかけに、幸運にも本の世界を広げることができたのです。
それは未知との遭遇でした。
足蹴にされ土埃をかぶり、それと気付かれずに今も眠っている名作は、世界中のあちこちに散りばめられているのだと知ったのです。
それはもう、宝探しをするように沢山の人にオススメ本を聞いてまわり、読んだお礼と一緒に感想を書き記した手紙をお返していました。
白状するとこのブログも、「これこそみんなに薦めたい!」という気持ちで開設したのではありません。
今日読んだ本の感想は、次に読むときには良くも悪くも変わってしまう。
あるいはたった1年前に読んだ本の内容すら忘れてしまい、どんな本だったかと聞かれれば曖昧な説明しか出てこない。
今だけの新鮮な感想を忘れてしまうのはもったいないし、読んだ本を読んだと言えないのがどうしても悔しかった。
『地底人とりゅう』は自分のために開設したブログですが、それでも少しでも興味を持って、今読んでいただけていることは心から嬉しく思います。
私はこうして聞いたこともない名作家たちが描きだす、数え切れないほどの世界と出逢いました。
どんな分野も愛せるようになった時、ようやく私は私自身が、特別な感情を抱く物語はどれなのか、選ぶことができるようになったのです。
それをてっとり早く知るオススメの方法は、まずは自分の好きな作家の愛読書を読むことでしょう。
そこでさらに、新しく知った作家が敬愛する作家の本も読んでみて下さい。
アースダイバー神話のカイツブリになったつもりで、そうして深く深く潜っていくと、ある時あなたは泥をつかむことに成功するはずです。
見えている世界のその地中や雲の靄の中、天井裏や床下や、時計の歯車の間にも、物語が潜んでいるかもしれません。
私は今も、飽きずに潜り続けています。
本が嫌いな作家はいないでしょうから、愛読書は必ずあります。
ご本人に会うことはできなくても、雑誌や新聞、書評やエッセイを読めばおのずと知ることはできるでしょう。
恵まれたことに、私が偏愛する皆川博子先生は、自身の愛読書を取り揃えた素敵な図書館を用意してくれていました。
『辺境図書館』と『彗星図書館』という2冊の本のタイトルと月の装幀、それだけでもときめかずにはいられませんよね。
「地底人とりゅう」で紹介している本の中にも、この図書館に収蔵されているものがいくつかあります。
その多くは既に絶版してしまった入手困難な古書ですが、古本屋の書棚の中からみつけだした時の喜びはひとしおでした。
館長の皆川博子氏が最初に開いたのは『辺境図書館』の方ですが、こちらは本の紹介以外にも、巻末にささやかな短編が収められています。
その名も「水族図書館」。
たった数ページの文章の中に、館長が世界中で集めてきた美しい言葉の数々が惜しみなく詰め込まれていて、それらは完璧に皆川博子の世界の色で染めあげられていました。
少女は耳もないはずの蝶に物語を読んで聞かせます。
もうそれだけで、世界が部屋いっぱいに浸水して、私を溺れさせてしまうのでした。
彼女の世界は私にとって、心酔という言葉だけでは表しきれません。
@ながれ